bullet020.gif2005年10月01日

■ 興味でしか繋がれない社会が孤独をつくる。 ■

『老兵は語る。「我々が守ろうとしていた「平和」とは何なのか。ジャーナルを見れば国のために戦ってきた兵士をたたえ、ねぎらう記事に満ち溢れている。しかし、俺の見ている現実はなんだ。戦場で戦っている間に女は寝取られ、住むところは寂れている。そんな話が腐るほどありやがる。』


昔こんな感じの一説を小説かなんかで見たことがある。
まぁ、題名だとかフィクションだったかノンフィクだったかとかは覚えていないけど。

おいらは戦争になんかは当然行った事は無いわけだが、この老人の言わんとしている事はなんとなくわかる。というか、戦場を職場に置き換えればざらにある話だ。


仕事で尊敬されている人間が、例えばその職場の人間との関係が必ずしも満足のいくものになっているかと言うと必ずしもそうはならない。特に不器用な人間であれば、人に認められたいがために仕事を頑張っていて評価だけはそれなりにされているが、しかし、遊ぶ仲間としては敬遠され・・・といった話は良くあることだ。

こういった話は金でも社会(組織)システムとして何らかの保障を行ったところで従属されるものではない。お金は快いコミュニケーションの大体保障とはならないし、それ以外の保障を行ったところで、組織から対価を払われる事と、身近で直にその頑張っている人間のお世話になっている人間が何らかの対価をその人に支払うのでは全然話が違ってくるからだ。

これは会社や公務員のような個人が収益のために組織にいる場合ででも同様な事がいえる。
この場合、「世話になってしまっている人間が何も対価を支払わない」と言う事は、とその「世話になった人間」の報酬分の仕事を無償で「世話をした人間」が肩代わりする形になるため、下手するとさらに歪な構造になりかねない。

30代女性社員さんのエントリで述べられているような「おじさん」もこういった類の話のひとつと言えるだろう。かれらは、やはりその働きに応じた対価を身の回りにいる人間(何も会社の人間に限らない)から何らかの保障が受け取れていないことが問題となっている。


ただ、30代女性社員さんの若者は「自分で頑張れば〜」と言う話とおいらは意見をことにする。
若い世代の孤立も問題となる部分は違っていても、根は同根であるからだ。

若い世代もまた興味をもたれない事によって孤立するのである。
確かに彼らは興味をもたれない事を自分の努力によって「いくらかは」興味をもたれる状態に持っていけるかもしれない
でも、能力的にそこまで持っていけるに「至らない」人間の場合は悲惨だ。
自分でもがこうにももがき方すらわからない
孤立している以上誰にももがき方を教えてもらう事はできない。
もがいている間におぼれてしまえばそれでおしまいになってしまう。
彼らもやはり孤立しているのだから。

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 正直なところ、こういった話に解決策を見出そうとするとどうしても地域社会の崩壊と個人興味での繋がりというところに結論を持っていかざるおえない。

 現状の日本の社会(まぁ、僕が知っているような都市部に限定されるかもしれないし、また、僕が行動した事のある範囲なのかも知らんが、)は興味を持った事での繋がりは保持できても、それ以上のつながりを保持する事が往々にして苦手な人間が社会人の多数を占めている。
 
 例えば、地域で朝出勤する前にどれだけの人との挨拶をするかと言う事を考えてみていただきたい。あなたはどれだけの人と挨拶するだろうか。そして、挨拶するようになったのは何でだろうか。
 おそらく、若い人になれば、学校の友達だとかサークルの友達だとかでそれなりにはいるかもしれない。専業や半専業の主婦の方であれば、ご近所や良く行く商店街の店の人とは挨拶するかもしれない。
 
 でも、しかしほとんどの場合、それだけのことであろう。
 自分が何らかの興味や必要に応じて知っている人間に対しては接するが、それ以上は接しないし考える必要もない。そういう生活を続けるのが現状の日本なのである。
 
 昔は地域に縛られざるおえなかったから興味や必要が無くとも(まぁもっともそれもひとつの「必要」の形ではあるのだが、)接せざるおえなかった。だから自分が頼っている人間は良くわかったし、その人の機嫌を損ねたらその人に頼ってた部分が頼れなくなると言う部分もあったのだろう。
 だから、お中元やらお歳暮やらという文化も生まれたのだろうし、メンドクサながらも「なんか困ったときには〜」とかって言葉も出てくるようになったんかもしらん。。
 
 でも、興味でしか繋がれない社会になってそれらは廃れつつある、「あるいは何か違うもの」になってしまったような気がする。ほんとにお世話になっている人間はほとんどの場合、「代替可能な何か」として「消費される」対象となり、興味を興させる人間、これから何か与えてくれそうな人間に対して「何か」を支払うようになる。なにも関係のない人間とは本当に「いないも同じ関係」となってしまう。
 
 おいらは、ここに現状おいらが触れている社会の問題を感じずにはいられない。
 
 <まなめさんちっくにてきとーにまとめてみる>
 ・以下の事に気をつけよう。それだけで、あなたの周りは少しずつでもよくなっていく
    1. お世話になった人には、たまにでもいいからお返しをしよう。
      感謝の言葉だけではいつか気持ちは形骸になっていく。
    2. たまには近所の知らない人間とも挨拶ぐらいはしてみよう。
      それが回りを孤立させない種になる。
 
 
posted by ウィル at 20:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 地域の復興を考える

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