bullet020.gif2005年10月25日

■ 現場の人間は駒なのですよ。 ■

『しかし将軍、将棋の駒は駒に定められた動きに従って動くのです。
 あなたの思った通りに動くわけではありません。』
 
 

 
 え〜、「きさまぁ!!軍人は上のいうとおりに『駒』として動いてればいいのだぁ!!」とかってのは某ダイモスの三輪長官あたりがいいそうな言葉だが、ある意味、真実だ。
 しかし、現場の人間を駒として使うというのは存外に難しいし、上記のような発言が出てくると言うのは結局、その人間の『駒』としての使い方を間違っているか、そもそもその局面では(あるいは「全ての局面で」かもしれないが)使えない『駒』を使おうとしているのかだろう。
 
 企業にしろ、公務にしろ官僚型の組織構造にして縦割り組織にするとその人の『特性』と『役割』と言うものを混同してしまいがちだ。
 例えば、誰か経理を担当している人間がいるとする。当然、その人の会社での『役割』は『経理担当』だ。しかし、ここで勘違いしてはいけないのは彼はその時点で『経理担当』という『役割』を割り当てられているだけであって、必ずしも彼の『特性』が『経理担当』にあってるとは限らないわけだ。将棋で言えば、そこに飛車の動きが欲しい陣取りで桂馬しかいないからと無理やりそこにおいて『飛車のように動け』と言ってみたりしてるイメージか。
 
 将棋の場合であれば、駒の面をみれば駒の動きはわかる。しかし、人間組織では、人の面を見たって、その人が何に向いているか、どんなことができるかはわからない。しかも、人間は将棋の駒と違って、動きが一定しない。そのときの調子、状況、環境なんかの影響を受けて、同じことをやるにしても常にその調子を変える、ないしかえる可能性を持っているわけだ。
 
 つまり、人間社会で上の人間が下の人間の事を『駒』として使おうと思ったらそれなりに下準備が必要なわけだ。例えば教育だとか、例えばその人員に対する人物調査だとか。あるいは逆に採用する際に駒として使えない人間をとっちゃわないようにするだとか。
 
 つーか、まぁ、ここら辺にかんして問題になりだしそうなところを切り出しだすときりがない。
 
 とにもかくにも、人の上にたって人を動かす立場に立ったとき、人間てのはさも「自分が思ったとおりに部下が動く」ところを夢想しがちだ。しかし、実際そうは行かない。人間、苦手なことがあれば風邪も引く。まさかと思う人材がひょんなところから送られてくるときもある。
 そういったことを踏まえて、今居るメンツが「現実にどのように動きえるか」を把握し、詰め将棋に持っていく・・・それが人間組織の管理っつーことだ。
posted by ウィル at 22:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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