bullet020.gif2005年10月23日

■ 言い訳するための努力が組織を蝕む。 ■

件名通り。特にそれ以上言う事なし。

…というわけにも行かんわけだが、とにもかくにも「何か解決しよう」と必死こいて
あがいているように見えて、実は「必死こいてあがいてます」と言うところをアピールする
為だけの努力をしてる場合ってのは結構多い。

特に自分じゃどーしようもなくて、でも外側には何かやっとかなければ
何もしてないようにしか見られないしと言うような状況だと良くこうなる。

しかし、だ。良く考えてみるとこの種の努力は何もしないよりたちが悪い場合が多い。

なんせ、同じ失敗に向かっているのにも関わらず、努力した分だけ労力が消化されてしまっているからだ。なまじそこで労力を使ってしまったがために、事後処理がおぼつかず…となる場合もこの場合には十分にありうる。

 正直なところ、この手の努力をしなければならない状況に陥ったときには、無駄に努力せずに、失敗する事を前提に仕事のスキームを切り替える、ないし、失敗する事をあらかじめ関係各所に伝達した方がスムーズに事が運ぶ場合が多い。関係各所が失敗したときの体勢を整える時間も増えるし、時と場合によっては、その被害が及び関係各所から知恵が出る場合もあるときにはあるのだ。

 特に後者には注意する必要がある。実作業者はあまり気付かないが、作業が影響をおよぼす人々と言うのはその作業が失敗したときのスキームをあらかじめもっている場合も多い。特に長い間その仕事に従事しているチームは前任者等が失敗被害にあっているケースも多いから、余計にこの事が言える。

 しかし、だからといって今すぐにこの手の「言い訳するための努力」をなくす事ができるかと言うと、難しいだろう。なぜなら、これは人の目を気にして起こる行為であり、自分の意思だけの問題ではないからだ。

 と言う事で「言い訳するための努力」に対する対策の仕方は、行動主体が自分か他人かで異なる。
 行動主体が自分の場合は、何かそのような自体が発生するような仕事を請ける前に十分に失敗した時の想定をし、失敗したときに被害を与えそうな人間とそのときの不安について大いに語ると良い。大体の場合、自分が真剣に相手に被害を与える事を懸念しているとわかれば、相手も先んじて対策をうってくれるし、そうでなくても被害を与える事を懸念してくれる人間をおろそかに扱う事はほとんど無いはずだ。
 また、被害が出そうな場合に先んじてリスクが発言した場合の対策を考える癖をつけるのも良い。たとえ、リスク管理やトラブル管理が別の部署であったとしても、失敗した本人が先んじてその対応方法を提案できるのは悪い事ではないし、被害者に与える印象も悪いものではない。

 一方、行動主体が他人である場合、まず、その人間が誰の目を気にしているかを認識してやる必要がある。下手をすると存在しない第3者の意見におびえているかもしれない。その上でやはり、自分が行動主体であるときと同様に、失敗した場合の被害をどうやって抑えるかを話すと言い。また、いいわけ先の相手が実在する人物の場合、「言い訳する努力」をする行動主体の人間を抜いて一辺その仕事について話してみるのも良い。怠けるのを恐れて実作業者にはつねにプレッシャーを与え続けている人間でも、その人間がいないところで『他の人』と話をすると結構その仕事に対して冷静に話ができる事もある。

 とにもかくにも『言い訳するための努力』を見つけたら、その労力をもっとうまい具合に振り分けられないか考えてみるべきだろう。
posted by ウィル at 23:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | メモ
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL
http://blog.seesaa.jp/tb/8514082
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。