bullet020.gif2005年10月20日

■ 叱る前に把握するべき状況 ■

前のエントリの続きです。

え〜と、とりあえず、叱る前に状況を把握しておかにゃならんという話だったんだけど、
じゃぁ、「どんな状況を把握しておかなければならないのか。」「なんで、そんな事に気を配らなければならないのか。」つーお話。

まず、把握しなければならない状況が下の2つ。それでその下に「なんで〜」って所を。

@相手が叱った言葉を受け入れられる状況か。
A相手が本当に叱られなければならない状況なのか。

@については、せっかく叱っても相手が受け入れられる状況に無ければ意味がない、下手すると逆に害を及ぼしかねない。例えば、体力のある人間やふてくされているだけの人間であれば、いやな顔はするだろうが、あんたの叱りに説得力があればそのうちいうことは聞いてくれる。だけど、弱気になっている人間や人間不信に陥っている人間を叱ってしまうとかえって追い討ちになって、引きこもりや、「失敗を隠す」人間を育成することになりかねない。

 これに関しては「受け入れられない人間が悪い」と言う人間がいるが、はっきり言ってそう思うのであれば、なおの事相手の事に口を出すべきではない。「自分の言葉が相手にどのような影響を及ぼすか。」その事に無責任な人間が人の行為に対し叱責する権利があるであろうか?
 
 確かに、確実に相手を傷つけないで行動することは難しい。・・・というか、不可能だろう。
 しかし、場合によっては自分の相手の事を思った言葉で相手が傷つく事もあるということ(さしずめキリスト教風に『原罪』とでも言おうか)を負う事を踏まえて、初めて叱責という行為は成り立つ…
おいらはそう考える。

Aに関しては、理由は誰でもわかるはずなんだが、ついついやってしまいがちだ。
そして、これはさらに注意が必要だ。自分が誤って叱ったにもかかわらず、「お前にもそう見られる責任がある」とか「俺にはそんなことはわからないからしかたなかった」だのと、自分の過ちを認めずに弁明してしまう人が多いと言う事だ。特に、相手よりも自分が上の立場であればあるほどそうなりやすい。

これに関しては、絶対にやめるべきだ。やめるべきだといってもやってしまう事もあるだろう。
でも、絶対にやめるべきだと心に刻んどいた方がいい。
なぜなら、これを一旦やってしまうと、あなたの「叱り」(あるいは忠告自体が)はつぎからは相手には「単なる罵声」あるいは「無味乾燥な空論」にしか聞こえなくなるからだ。そうなってしまえば、あなたの上司として、あるいは忠告者としての立場は名目上のものでしかなくなってしまう。

もし、これをやってしまったのなら、後日で良いから素直に謝ろう。
たとえ、相手が自分の生徒・部下であってもだ。

『叱る』と言うのは教育にとって非常に有用な手段だとおいらは思う。
しかし、使い方次第では人間関係を壊しかねない諸刃の剣であるとも。
posted by ウィル at 22:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | メモ
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