bullet020.gif2005年10月30日

■ 組織全体のモチベーションを考える時に気をつけること。 ■

 前のエントリから続くわけだが、結局、組織全体のモチベーションをあげようと考えているにしても
結局、個人個人は個別に嗜好や目標を持っているわけで「組織全体が〜でモチベーションをあげるべし」と言った感じの方法論は原則的には成り立たないと思ったほうが良い。
 また、逆に個人個人にアプローチを行うと言っても、個人個人のモチベーションの総和が組織全体のモチベーションに繋がるわけでもないことには留意が必要だろう。もちろん、ある個人に偏ったモチベーションアップなぞ論外だ。
 
 ただし、偏ったモチベーションアップにも論外にならない例外がある。それは人望のある人間のモチベーションを最優先に配慮すると言う方法だ。
 
 これは、前のエントリの3)と8)の応用系なわけだが、つまるところ人望のある人物と言うのは尊敬できる上司像であるか、その環境にあって仕事をやりがいを持ってやるということを体現している人間であるかのいずれかであり、その人物のモチベーションに配慮すると言うことは、仕事をしていけばそれなりのプライオリティが付与されるという事を実現することになるし、また、それが実現されていることを現場で働いている人間に知らせることにもなる。
 
 え〜と、個人個人にアプローチを行う方法に話をもどすと・・・。
 結局のところ、誰が何をモチベーションにしていてどのようにすればモチベーションがあがるか、そして、だれとだれがそこらへんにコンフリクトを起こす要素を持っているかは個人個人の様子を細かく観察するしかない。あなたが人望のある上司であれば、そこらへんに関して気になっている部下に対してヒアリングを行うことも観察する上で重要な手段となるだろう。そして、それぞれについて個別に対処を考えるしかない。
 
 個々人のモチベーションを考える際に注意しなければならないことは1)「内の組織の人間は〜でなければならない」式の型にはめて考えないこと,、2)その人が「言っている事」がその人の「思っている事」とは限らないこと、3)その人のモチベーション要因が他の人についてマイナスに働かないか、の3点であろう。

 それぞれについて説明することは特にないと思うが、どれに関しても組織の上に立って大枠として組織を眺める立場に立つと無視しがちな問題である。
 その意味で、そういう「人」を統括する仕事と言うのはあまり数字や論理を好む人間には向いていないのかもしれない。また、そこらへんは一見、温和に済ませてるように見えても、結局、存在する軋轢を「温和に済まそう」という圧力で押しつぶし覆い隠そうとする人々にもやはり人の統括は向かない。
 
 あくまで、組織に属する全ての個々人について誠実かつ繊細にアプローチできる人間のみが組織を統括する能力を持つことになる。
 
 ・・・まぁ、難しい事この上ないわけなんだが・・・。
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■ モチベーションの出所 ■

部長:
  「辞める理由は何かな。」
辞任者:
  「私には、ここで働く理由がない。
   
   一生懸命働いて、顧客にも認められている。同僚からも口では評価されている。
   しかし、給料は上がらないければ、自分の時間もない。
   尊敬できる上司もいない。
   気の会う仲間も居なければ、触発されるような同僚も居ない。
   信頼できるパートナーも居ないし、まして惚れてくれる女が居るわけでもない。
   最近は仕事に対してやりがいも感じなくなってきてしまいました。
   
   少なくとも給料が上がる分だけ先方の方がましだったということです。
   」
  



と、まぁ、これはフィクションなわけなんだが、けっこうぶっちゃけかもしれない。(鬱

え〜前に書いたこのエントリからちらちらとモチベーションについて考えてみたわけでして、
どんなものがモチベーションに繋がるかをざっとあげてみようと言うのが今回の主題です。

 最初にひとつ注意しておくけど、これを全部満たしてやらなければモチベーションがあがらないかと言えば、そんなことは無いだろうし、どれをあげればモチベーションに繋がるかはその人次第だと言っておく。
 ただ、逆に言えばある条件を満たしているのにその人のモチベーションが上がらないのはそのほかの条件によってモチベーションが上がる人間にたいして「違う」アプローチをしてしまっている可能性も考えられると言うことだ。

でまぁ、上みたいになるわけだが、順にあげてみると、

1) それ相応の代価が支払われる。
  ・もちろん企業である限り、基本的には仕事の対価を金銭で受け取ると言うのが
   ベースにあるわけで大体の場合、皆そう思ってるはず。
   だけど、一部には金銭は食い扶持程度にもらえてればいいやと思っている人間がいること
   にも注意は払った方がいい。こういう人間は得てして仕事をする事で、
   「別の物」を得ようとしてる。

2) 自分の時間が持てる。
  ・30代女性社員さんのところにも書いたが、人間が消費活動を行うにはゼニだけではなく、
   時間も重要なファクターになる。その意味では自由な時間があることも、何らかの消費が趣向
   に繋がっている人間であれば、重要なファクターになりうる。

3) 尊敬できる上司がいる。
  ・これは1)や2)とは違う意味でのモチベーションであるが、信頼できる上司・尊敬できる上司
   と言うものは、それだけで仕事へのモチベーション、少なくとも困難な仕事に対する行動要因
   になりうる。それは、結局、その上司がその仕事を頼むことが@一見困難な仕事でも、計算が
   あるという安心感A尊敬している上司に信頼されていると言う安心感
   ・・・な〜んてものに繋がってくるからなわけです。
  
4) 気の会う仲間がいる。
  ・まぁ、これはどちらかと言うと、「仕事をする上での」というよりは「その組織に属していることによる」
   と言う意味でのモチベーションをあげる要因です。
   ただ、人間関係はその組織に属するのを辞めたとしてもある程度は
   他の環境への持ち越が可能なので、そこらへんが難しい。
   ただ、殺伐とした環境よりも、たとえ愚痴を言い合うだけの仲であっても気が合う人間がいるほうが
   仕事になるもんです。
  
5) 触発される同僚がいる。
  ・これは4)に似ているんですが、まぁ、仕事熱心とは言わないまでも仕事にそれなりの関心を持っている人間であれば、
   往々にして、自分が仕事の仕方を学べるタイプの人間と言うものがいるものです。
   そういう人に接することができることもまたモチベーションを挙げる要因になり得ます。
  
6) 信頼できるパートナーがいる。
  ・仕事をするのに頼れるパートナーがいることもモチベーションに繋がる。
   まぁ、この場合どちらかと言うといなくなった場合にネガティブな効果として現れることが多そうだが、
   それはそれまでパートナーがいたことでモチベーションがあがっていたことの裏返しであるわけでして、
   パートナーがいなくなったことでモチベーションが下がったからと言って、「パートナーに頼るのはよくないことだ」
   と結論付けるのは早計である。むしろ、そんな考えを興すぐらいなら、誰がパートナーでも問題がない程度に
   全員を教育するべきだろう。
   
7) 惚れてくれる女がいる。
  ・これは6)にほぼ同じであるが、取り扱いは非常に難しい。
   われらが日本は多夫多妻制ではないため、常に「シツレン」、「サンカクカンケイ」、「セクハラ」、「フリン」
   なんぞというメンドクサイ事この上ない問題が絡んでくる。なもんで、その手のネガティブな面については
   特にふれる気がない。
   しかし、短期的に見れば、恋愛というものがモチベーションに与える影響は大きい。
   時に人間はあこがれている人間が自分にサポートしてくれるないし、自分がサポートする立場にいる
   と言うだけでやる気を出すものである。

8) やりがいのある仕事である
  ・まぁ、これはよく言われることだし、正論だとも感じるんだが、「なんで?」と言われると首を傾げざるおえない。
   まぁ、モチベーションなんてのはあくまでフィーリングの問題なので、なんか合理的な説明を期待するだけ
   無理なのかもしれないが。
   「やりがいがある」に関しても結構人によって解釈がばらばらだが、ここに関しては以下の2つの観点
   でみれば、ほぼ間違いはなくなるはずだ。
    1. その組織の人間及びその人にとってそれなりに強度がある仕事である。
    2. 仕事の成功目標がそれなりにはっきりしており、また、それが絶望的なものではない。
 
 まぁ、こんな感じか。(次のエントリに続く)
posted by ウィル at 21:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | モチベーションについて

bullet020.gif2005年10月29日

■ ふぅ・・・。 ■

気になってる子にちょっと嫌われちゃった気がして
ブルーな土曜日。

まぁ、いろいろとやることあったんでそれどころでもなかったわけですが。

つか、だれだ一人でここのPVを伸ばしてる奴。

そんなに頻繁に更新できませんから〜。(あら
posted by ウィル at 17:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

bullet020.gif2005年10月27日

■ 企業における「助け合い」の法則 ■

一般的に、企業において「助け合いって大事だろ?」と言われて仕事が頼まれる場合、
頼まれた人間は一方に頼んだ人間の事を助けることを矯正される。

これは、次の事実によって裏付けられる。

1.通常、企業における個人活動は金銭対労働であるため、ことさら「助け合い」を
 協調する必要は無いはずである。

2.本当に助け合えるのであれば、自分が助けを請う人間に対して「どこで助けられるか」
 を提案できるため、「助け合い」などと言う曖昧模糊とした言葉を使う必要がない。

3. 1.2.より、本当に「助け合える」人間は「助け合う」事をことさらに強調する必要はない。

Q.E.D
posted by ウィル at 23:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | メモ

■ 気になる子と敬語 ■

あ〜、まぁ、敬語使われるわけですわ。気になる子にさ。
しかも、他の連中には結構ダーティな言葉遣いの子でも
結構、おいらには敬語使ってくれたりするわけさ。

で、そっからいろいろ推測してみちゃうわけなんだが。
単に仕事師として尊敬してくれてるだけなのか。
警戒されてるだけなのか。
それともちょっと気になっちゃってくれてるのか。

でもって、おいらとしては
気があるんだと勘違いして、失敗しちまったこともあり〜の
警戒されてるんだと思ってしょぼんとしてたら、
だいぶ後でかなり気にされてた事が判明したり〜のと、

そんなこんなでどんどん混乱して恋愛下手になって行くおいら。

あ゙〜、他人の恋愛相談に乗るときは大体の確率でうまくいくのに
なんでだろ〜。(泣
posted by ウィル at 23:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 色恋について語ってみる

■ あわわわわ。 ■

今日朝出勤したらメールで席変更しろとの通達。
気になってる娘の隣に席換えじゃ・・・。

なんか、そわそわわくわくむずむずって感じ・・・。

と思ってたら、そっちのチームの方が席移動しそうなヨカン。

うわ〜ん、はかない春ですた…。(TT
posted by ウィル at 00:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

bullet020.gif2005年10月25日

■ 現場の人間は駒なのですよ。 ■

『しかし将軍、将棋の駒は駒に定められた動きに従って動くのです。
 あなたの思った通りに動くわけではありません。』
 
 

 
 え〜、「きさまぁ!!軍人は上のいうとおりに『駒』として動いてればいいのだぁ!!」とかってのは某ダイモスの三輪長官あたりがいいそうな言葉だが、ある意味、真実だ。
 しかし、現場の人間を駒として使うというのは存外に難しいし、上記のような発言が出てくると言うのは結局、その人間の『駒』としての使い方を間違っているか、そもそもその局面では(あるいは「全ての局面で」かもしれないが)使えない『駒』を使おうとしているのかだろう。
 
 企業にしろ、公務にしろ官僚型の組織構造にして縦割り組織にするとその人の『特性』と『役割』と言うものを混同してしまいがちだ。
 例えば、誰か経理を担当している人間がいるとする。当然、その人の会社での『役割』は『経理担当』だ。しかし、ここで勘違いしてはいけないのは彼はその時点で『経理担当』という『役割』を割り当てられているだけであって、必ずしも彼の『特性』が『経理担当』にあってるとは限らないわけだ。将棋で言えば、そこに飛車の動きが欲しい陣取りで桂馬しかいないからと無理やりそこにおいて『飛車のように動け』と言ってみたりしてるイメージか。
 
 将棋の場合であれば、駒の面をみれば駒の動きはわかる。しかし、人間組織では、人の面を見たって、その人が何に向いているか、どんなことができるかはわからない。しかも、人間は将棋の駒と違って、動きが一定しない。そのときの調子、状況、環境なんかの影響を受けて、同じことをやるにしても常にその調子を変える、ないしかえる可能性を持っているわけだ。
 
 つまり、人間社会で上の人間が下の人間の事を『駒』として使おうと思ったらそれなりに下準備が必要なわけだ。例えば教育だとか、例えばその人員に対する人物調査だとか。あるいは逆に採用する際に駒として使えない人間をとっちゃわないようにするだとか。
 
 つーか、まぁ、ここら辺にかんして問題になりだしそうなところを切り出しだすときりがない。
 
 とにもかくにも、人の上にたって人を動かす立場に立ったとき、人間てのはさも「自分が思ったとおりに部下が動く」ところを夢想しがちだ。しかし、実際そうは行かない。人間、苦手なことがあれば風邪も引く。まさかと思う人材がひょんなところから送られてくるときもある。
 そういったことを踏まえて、今居るメンツが「現実にどのように動きえるか」を把握し、詰め将棋に持っていく・・・それが人間組織の管理っつーことだ。
posted by ウィル at 22:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

bullet020.gif2005年10月24日

■ 新しい人・プロジェクトと議事録 ■

プロジェクトに対する新規参入者、それも単純にルーチンワーカーとしての参入ではなく、幾許か以上の理解を前提にして仕事をする事が前提とされる新規参入者(例えば、新入社員だとか、プロジェクト管理や設計等の交代要員だとか)に関して、業務に慣れてもらう一番確実な方法は実際に会議に出席して議事録を取ってもらうことだろう。
 逆に、自分が新しくプロジェクトに配属になった場合、いち早くそのプロジェクトになれるためには(例えば、進捗管理なんかの際に)議事録を取らせてもらえるように頼み込むことだ。「上層の事は上層で」という風習がない限りは結構頼み込まれてくれるはずだ。
 
 また、理想を言えば、自分が議論主体になるような会議でも議事録をつけるクセをつけた方が良い。(もっとも、この場合は「議事録」というよりは「会議メモ」という方が正しいだろうが。)
 
 議事録を取ることの具体的なメリットは以下のとおり。
 1) そこに関わるいろいろな人間(顧客等のステークホルダー、あるいは他箇所担当の他企業等)の言葉を「聞く耳」を作ることができる。これは特に新入社員なんかの場合、会議での応答そのものの勉強にもなりうる。そして、もう一点、これは日頃の仕事上での会話とは明らかに異質なものに対する練習である事も付記しておきたい。いくら、日常業務でセンパイや上司あるいは部下と議論し、教えを請うても、同じ業務で利害関係が生じる顧客や他社と話しをする勉強にはまったくならない。そういう意味では議事録をとるのは貴重な経験の場だといって良い。

 2) 会議の様子を知ることによって、自分のチームの対外折衝役になっている人間が、外向きにどのようにアプローチしているかがわかる。これは、今後どのようにそのチームの仕事が進んでいくかを見極めるうえでの重要なファクターだ。人によっては、別に会議場でのその人を見なくても大体どんな感じで話してるかわかるような人間も居るが、結構、会議に出るとプラスの意味でもマイナスの意味でもギャップのある人は結構居るのでやはりそこらへんを肌で感じるのも悪い事ではない。
 但し、あんまり折衝役の会議態度が酷いからって陰口はたたいちゃ駄目よ。


 3) 議事録を取ることによってそこのプロジェクトの「わかっていない言葉」がはっきりする。また、その「わかっていない言葉」を明確にする事によって、そのプロジェクトに関する理解が深まる。
 4) メモに書き取る事によって、不鮮明になっている事がはっきりする。
 
 3)と4)は「人の話を聞くときはメモをとれ」という意味では同件なのでまとめて書くが、特に長丁場の会議で一方的に聞く側に回ると、人間そんなに長い間「人の話を聴く」姿勢ではいられずに漫然と聴いてしまいがちだ。それを防ぐ上でメモを取ることは有効だ。また、メモさえ取っておけば、後でわからなかったワードを人に聴きなおす事もできる。特に回覧する議事録の場合、そこらへんに関して人に理解させる文章を書く必要に迫られるため、「聴きなおす」という行為も自然と発生するため、業務理解・顧客理解に繋がりやすい。
 
まぁ、とにもかくにも新しい人・新しいプロジェクトに出会ったら、まず議事録って事でひとつ。
posted by ウィル at 22:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | メモ

■ 気力なえすぎ ■

あ〜、会議とか、客が居るところとか、仕事だとふつーに話せるのに、
なんか内輪じゃまったく話す気にならない今日この頃。
つーか、感覚磨耗中…。

あ〜、しんどい。

posted by ウィル at 21:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

bullet020.gif2005年10月23日

■ 言い訳するための努力が組織を蝕む。 ■

件名通り。特にそれ以上言う事なし。

…というわけにも行かんわけだが、とにもかくにも「何か解決しよう」と必死こいて
あがいているように見えて、実は「必死こいてあがいてます」と言うところをアピールする
為だけの努力をしてる場合ってのは結構多い。

特に自分じゃどーしようもなくて、でも外側には何かやっとかなければ
何もしてないようにしか見られないしと言うような状況だと良くこうなる。

しかし、だ。良く考えてみるとこの種の努力は何もしないよりたちが悪い場合が多い。

なんせ、同じ失敗に向かっているのにも関わらず、努力した分だけ労力が消化されてしまっているからだ。なまじそこで労力を使ってしまったがために、事後処理がおぼつかず…となる場合もこの場合には十分にありうる。

 正直なところ、この手の努力をしなければならない状況に陥ったときには、無駄に努力せずに、失敗する事を前提に仕事のスキームを切り替える、ないし、失敗する事をあらかじめ関係各所に伝達した方がスムーズに事が運ぶ場合が多い。関係各所が失敗したときの体勢を整える時間も増えるし、時と場合によっては、その被害が及び関係各所から知恵が出る場合もあるときにはあるのだ。

 特に後者には注意する必要がある。実作業者はあまり気付かないが、作業が影響をおよぼす人々と言うのはその作業が失敗したときのスキームをあらかじめもっている場合も多い。特に長い間その仕事に従事しているチームは前任者等が失敗被害にあっているケースも多いから、余計にこの事が言える。

 しかし、だからといって今すぐにこの手の「言い訳するための努力」をなくす事ができるかと言うと、難しいだろう。なぜなら、これは人の目を気にして起こる行為であり、自分の意思だけの問題ではないからだ。

 と言う事で「言い訳するための努力」に対する対策の仕方は、行動主体が自分か他人かで異なる。
 行動主体が自分の場合は、何かそのような自体が発生するような仕事を請ける前に十分に失敗した時の想定をし、失敗したときに被害を与えそうな人間とそのときの不安について大いに語ると良い。大体の場合、自分が真剣に相手に被害を与える事を懸念しているとわかれば、相手も先んじて対策をうってくれるし、そうでなくても被害を与える事を懸念してくれる人間をおろそかに扱う事はほとんど無いはずだ。
 また、被害が出そうな場合に先んじてリスクが発言した場合の対策を考える癖をつけるのも良い。たとえ、リスク管理やトラブル管理が別の部署であったとしても、失敗した本人が先んじてその対応方法を提案できるのは悪い事ではないし、被害者に与える印象も悪いものではない。

 一方、行動主体が他人である場合、まず、その人間が誰の目を気にしているかを認識してやる必要がある。下手をすると存在しない第3者の意見におびえているかもしれない。その上でやはり、自分が行動主体であるときと同様に、失敗した場合の被害をどうやって抑えるかを話すと言い。また、いいわけ先の相手が実在する人物の場合、「言い訳する努力」をする行動主体の人間を抜いて一辺その仕事について話してみるのも良い。怠けるのを恐れて実作業者にはつねにプレッシャーを与え続けている人間でも、その人間がいないところで『他の人』と話をすると結構その仕事に対して冷静に話ができる事もある。

 とにもかくにも『言い訳するための努力』を見つけたら、その労力をもっとうまい具合に振り分けられないか考えてみるべきだろう。
posted by ウィル at 23:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | メモ

■ Drive for Your Life ■

気分が乗らないときはGT4でブイブイいわせるのがおいらの日課なわけだが…。

MRってなんかあわないのよねぇ…。
FFとかFRとかの方がおいら向きじゃ…。
posted by ウィル at 23:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

bullet020.gif2005年10月20日

■ 本当の孤独 ■

おいらの大学時代の友人曰く、

『人間は本当に一人でいるときは孤独を感じない。
 大勢の中にいて交われない自分を見出したときにこそ孤独を感じるんだ。』

と。

う〜ん、今思い返してもひどく含蓄のある言葉だ。
何かから取ってきた言葉なのかもしらんが。
posted by ウィル at 22:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | メモ

■ 叱る前に把握するべき状況 ■

前のエントリの続きです。

え〜と、とりあえず、叱る前に状況を把握しておかにゃならんという話だったんだけど、
じゃぁ、「どんな状況を把握しておかなければならないのか。」「なんで、そんな事に気を配らなければならないのか。」つーお話。

まず、把握しなければならない状況が下の2つ。それでその下に「なんで〜」って所を。

@相手が叱った言葉を受け入れられる状況か。
A相手が本当に叱られなければならない状況なのか。

@については、せっかく叱っても相手が受け入れられる状況に無ければ意味がない、下手すると逆に害を及ぼしかねない。例えば、体力のある人間やふてくされているだけの人間であれば、いやな顔はするだろうが、あんたの叱りに説得力があればそのうちいうことは聞いてくれる。だけど、弱気になっている人間や人間不信に陥っている人間を叱ってしまうとかえって追い討ちになって、引きこもりや、「失敗を隠す」人間を育成することになりかねない。

 これに関しては「受け入れられない人間が悪い」と言う人間がいるが、はっきり言ってそう思うのであれば、なおの事相手の事に口を出すべきではない。「自分の言葉が相手にどのような影響を及ぼすか。」その事に無責任な人間が人の行為に対し叱責する権利があるであろうか?
 
 確かに、確実に相手を傷つけないで行動することは難しい。・・・というか、不可能だろう。
 しかし、場合によっては自分の相手の事を思った言葉で相手が傷つく事もあるということ(さしずめキリスト教風に『原罪』とでも言おうか)を負う事を踏まえて、初めて叱責という行為は成り立つ…
おいらはそう考える。

Aに関しては、理由は誰でもわかるはずなんだが、ついついやってしまいがちだ。
そして、これはさらに注意が必要だ。自分が誤って叱ったにもかかわらず、「お前にもそう見られる責任がある」とか「俺にはそんなことはわからないからしかたなかった」だのと、自分の過ちを認めずに弁明してしまう人が多いと言う事だ。特に、相手よりも自分が上の立場であればあるほどそうなりやすい。

これに関しては、絶対にやめるべきだ。やめるべきだといってもやってしまう事もあるだろう。
でも、絶対にやめるべきだと心に刻んどいた方がいい。
なぜなら、これを一旦やってしまうと、あなたの「叱り」(あるいは忠告自体が)はつぎからは相手には「単なる罵声」あるいは「無味乾燥な空論」にしか聞こえなくなるからだ。そうなってしまえば、あなたの上司として、あるいは忠告者としての立場は名目上のものでしかなくなってしまう。

もし、これをやってしまったのなら、後日で良いから素直に謝ろう。
たとえ、相手が自分の生徒・部下であってもだ。

『叱る』と言うのは教育にとって非常に有用な手段だとおいらは思う。
しかし、使い方次第では人間関係を壊しかねない諸刃の剣であるとも。
posted by ウィル at 22:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | メモ

■ 叱る前には状況把握を。…という話をたぶん今度書く。 ■

まぁ、子供でも教え子でも部下でもそうなんだが。

自分が見えてる状況だけで叱るのはよろしくない。
叱る前には相手の状況を良く見ろと言う話。

…ホントは今日書こうかと思ったんだけど、きょーれつに頭痛いんでまた今度。

まぁ、でも表題だけでも念頭においておくとチーム統括の役に立ちます。
間違いない。(ぉ
posted by ウィル at 00:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | メモ

bullet020.gif2005年10月18日

■ しかしなぁ。 ■

いつも敬語を使わないお嬢さんがおいらにだけ敬語使ってくるのは、
警戒されてるのか尊敬されてるのか距離置かれているのか気があるのか。


・・・あ〜、すこぶる微妙だ。
posted by ウィル at 21:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

■ Alertワード:「できる事からやらなければしょうがない」 ■


「できる事からやると言う事は、できない事は後回しにする、
 下手すると『できない事はやらない』と言う事と同じ事だ。」
 
 えっけんさん風に(おいらもしつこいな)「NGワード」としないで、「Alertワード」としたのは戦術・戦略の一環として有効な場合も多々あるからである。
 
 先に有効な場合を挙げておく。
 
 1.できる事からやって、平行して「できない事」の調査を行っている場合。
 2.できる事をさっさと片付けて、「できない事」に従事する際の不安材料を消そうとしている場合。
 
 と、まぁ、こんな感じですが。
 
 問題なのは、「とりあえず」と言ってできる事からやってしまう場合である。
 プロジェクトの上層の人間がこういった行動修正のある人間である場合、特に警戒した方がいい。
 
 プロジェクトを進行させる上で、懸念事項や認識の不一致が出てくる可能性が高いのは「現状できるもの」ではなく「現状できないもの」である。それを後回しにすると言う事は問題そのものを解決せずに - しかも、問題があるかないか、あるとしたらどういった形の問題があるのかわからない状態で - 保留していることになるので、長期的なスケジュールに対してきわめて深刻な打撃を与えかねない。
 
 下手すると、この際に長期的なスケジュールに与える影響は「できないところを調査して遅々として進まない状況」よりも深刻である。「できる事からやっている状況」と言うのは「一見、何事も問題なく進んでいる状況」をかもし出すからである。
 
 おおよそ人間と言うものは結構時間に関しては近視眼なもので一見、平穏に進んでいる状況が目の前にあると、「その向こうに問題が隠れていて状況が悪化する」という懸念を抱かなくなるものである。従って、初期に問題を発見していくのと、初期に問題を無視していくのとでは(その問題の解決の如何に関わらず)プロジェクトの進行には多大な影響が出てきてしまうのである。
 
 
 つーことで、「やれる事からやる」と言う状況に関しては、十分注意しましょう、と言うお話でした。
 
posted by ウィル at 10:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | メモ

bullet020.gif2005年10月15日

■ 平和島クアハウス ■

と言う事で、今日はやさぐれながらも平和島クアハウスに。

入場料が1900円(土日だからね)+貸しタオルと貸し館内着で + 300円


海洋深層水の露天風呂と浮き風呂はなかなかよろしぃ感じでした。

しかし、スパラクーアと比べるとイマイチ施設がねぇ…。
比べてもしょうがないはしょうがないんだけど…。

いろんな風呂楽しみたいんなら平和島、疲れ取りに行くんだったら後楽園
…ってかんじかな。
posted by ウィル at 19:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 散歩

■ おい、おまいら ■

いまさらになって事務スキームの摺り合せすらやってなかったのかよ。
今日は指摘できたから良いものを、他に見落としがあるかと思うと寒気がする…。

まぁ、ホントはすり合わせて無くても何とかなっちゃったりする事も多いわけだが…。

しかし、それじゃシステム屋とかはこまるだろ…。

posted by ウィル at 01:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

bullet020.gif2005年10月14日

■ 働く人を消費する社会 ■

30代女性社員さんの一連のエントリの結末がこーなってるわけなんですが。

確かに考えると、2重に働く女性をバカにしてるな。こー言う記事って。

具体的に言うと

1. 働いている人間よりも、働かずに何か面白い事はないかなと探しているような暇人を「輝いている」と持ち上げている。
2. 初歩的な知識だけ教えて本当に働いている人間と同様に働けるかのような印象を与える。

どちらにしろ、働いている人間をだしにして働かなくて良い人間が消費する。
これも、働く人間を消費する社会の一旦か。

しかし、青山の例にしてもCREAの件にしても、30代女性社員さんはいいセンスしてるねぇ。
おいら、こー言う人のしたでいっぺん働いてみたいわぁ・・・。

--------------

働く人を消費する社会と言う事でもうひとつ。


選挙直後あたりだったかにfoursueさんjabberwockさんがいわゆる格差社会の話について
まったく反対の意見だったのを見た覚えがあるが、この格差論というのがおいらにはどうもなじまない。

つーか、正直なところ、格差でどちらかに成否がつくと思おうと思うのは
数字しか目に付けない愚か者の考え方でしかないと思われる。

確かに、強者と言うのが厳密に社会貢献して収益を得ているものであれば、それは格差が広がってもやむなしであろう、強者が社会に貢献している以上、いずれは、その社会に属している弱者にも利益が還元される。
 しかし、これはあくまで強者と言うものが社会に貢献しているものである前提があるとすればだ。一旦、社会が働く者を消費するようになり、働く人間から収奪する人が強者になれば状況が一変するはずだ。むしろこの場合、他者を搾取して強者になると言う時点で戦争状態となんら変わらなくなるわけだ。
 
 逆に、格差をなくす方向はどうだろう。実はこれも同様のことが言える。この場合、逆に弱者と言うものがキーになる、格差をなくす場合、常に弱者と言われいている人間が社会貢献をして収益をえるための不断の努力を要求される、(これは例えば、障害者のような先天的な弱者でも変わりはない、)この努力が放棄されると、この場合は弱者が収奪者としてはびこるものとなる。
 
  つまり、格差が広がろうが狭かろうが働く人間に対して報酬を還元する社会を作らないといずれにしても働く人間を消費する社会が出来上がってしまうのだ。
  
 これは、結局、社会というネットワークのトラフィックスの適正化によらず、トラフィックスの総計によって社会の状況を判断しようとする試みの欠陥に他ならない。
posted by ウィル at 00:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | メモ

bullet020.gif2005年10月12日

■ なんつーか ■

えっけんさんのはてなブックマーク「無駄の素R」はすげー威力だなぁ。

なんつーか、アクセス数(PVじゃない方)がいつもの倍以上になってて「え゙っ」って
感じだったぞ…。


posted by ウィル at 22:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

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