bullet020.gif2005年09月30日

■ 駄目だな。 ■

やっぱり、おいらあの娘にイカレちまってる。
何でいつもこうなんだ、コンチクショウ!!
高校生じゃあるまいし。


…と、ブログの辺境で叫んでみる。
posted by ウィル at 07:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

bullet020.gif2005年09月28日

■ スパロボJ、始動。 ■


と言う事でJ始めました。

おぉ、なんかアカツキ会長がなんか今回は結構まともな人だ。
なんかAのときはエロイ人にしか見えんかったが・・・。

しかし、第3次αでもそーだったんだが、SEED勢はなんかいいおっさんが多いな。
バルトフェルトとかフラガとか。


彼らの言葉は間に受けて損は無いぞ若者よ。って感じで。


うーん、でも実はSEED自体は見たことがないおいら。
DVDでも買ってみてみようか考え中・・・。
posted by ウィル at 22:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | スパロボ話

bullet020.gif2005年09月23日

■ 選挙と学級会 ■

知人と小選挙区(*1)の得票数と議席数の乖離の話をしていたら、

「なんかそれって高校で文化祭の出し物決めるときと似てるね」


と、いわれた。

なるほど、全然気付いていなかったが、確かにそのとおりだ。
学校の文化祭で出し物は原則的に各クラス1つ。
だから、出し物の案が4つも5つもでれば票はその4つや5つに割れる。

もし仮に出し物の案が4つあって、それに「ほぼ」均等に(*2)票が集まれば
採用される案に25+ α%、採用されない案には75-α%の得票がなされるわけだ。

この場合、採用された案に投票された数を採用されなかった案に
投票された数が上回るわけだ。

で、卒のない先生だとここで2番目に得票数の多かった案と並べて
再度多数決をやったりするわけだが…。

あたまがちょいとくらくらしてるんでこの議論が選挙にどうかかわってくるか、
あるいはどう差異があるか、いま頭の中にあることをつらつら書いて終わりにする。
まとめるのは(できれば)明日以降にやるつもり。
#ほっぽりだすかもしらんが・・・。

1.小選挙区かどうかはあまり関係ない。
  学級会の例により、1選挙区ごとにであれば、当選する人数と当選しない人数の
  比率が大きくなると、得票数と議席数が乖離する確率が高くなる。

2.選挙全体の場合、得票数は与党野党共に
  「議席を得た得票数の総和 +  議席を得なかった得票数の総和」であるため、
  学級会の例ほど話は単純にならない。
  
3.論点としてはどういうときに得票数と議席数が乖離するかに限定する。
  前の記事で出した「乖離した方がいいかも」と言う話はとりあえず置いておく。
  そーしないとあとあと収集がつかなくなるしな…。

*1 良く考えたら小選挙区に限らんわけだが・・・。
*2 完全に均等だと決がとれなくなるからね。
posted by ウィル at 21:50 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記

bullet020.gif2005年09月22日

■ 選挙雑感 ■

 ブログをふらふら巡回していたらこんな記事に出くわした。
 
 ナルホド。議席数が得票数を必ずしも反映しているわけではないわけだ。
 選挙制度の是正については前からいろいろと言われている。
 例えば一票の格差の問題がそうだろうし、小選挙区であれば地すべり効果、比例選挙区制に対しては無所属候補に対する不利さ、中選挙区であれば知名度の得票数に与える影響がそうか。
 
 で、実際どんな感じなんだろうと今回の選挙(できれば過去分も)の統計データを整理しようと思ったんだが・・・途中までやって挫折した。「Election」や「[asahi.com]2005総選挙」あたりには小選挙区毎の得票数が小選挙区毎のページにしっかり記載されているのだが・・・いかんせん小選挙区。Excel化しようにも数が多すぎる・・・。orz

 正直、あまり暇がない有権者には酷な話です。(ぉぃ
 
 そして、この手の話について整理しようとする時にメンドクサイ事は(政治の話なんだからある意味当たり前だが)色々ポリシー的な話も出てくる事があるところだ。
 
 例えば、全体に対する割合が議席数と得票数で各党派で一致すれば数字的にはきれいだしなにやら正しそうに写るのだが、実はこれに否定的な意見もある。
 主張が正反対だが、人間的にも主張的にもその質においてあまり優劣が見られない候補者が林立するような状態を考えてみよう。一見、議席数も拮抗する状態になるのがなにやら正しい選挙結果のように思えるが、実際に議席が拮抗してしまうと多数決をとろうとしても過半数ぎりぎりで法案等を通す事になるため、非常にやりにくい。もし仮に可決に必要な票数として「過半数+何%」を設定しているような議会であれば、どちらの法案も通らず一向に議会が前に進まないような状態になる事も考えられる。それを打開するために得票割合と議席数にはある程度の乖離を設けた方が良いという考え方だ。
 
 まぁ、これは一例だが考えればいくらでもこの手の話は出てくるはず。
 で、まぁ、こんなことが(多くの有権者に、下手すると政治家だってそうかもしれない)常日頃考えずに、いざ選挙になるとずるずると選挙がなされているわけだ。
 
 ・・・だから、あんまり多数決って好きじゃないんだよねぇ・・・。
 
 
 #なんかしがない結論だな・・・。
posted by ウィル at 14:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

bullet020.gif2005年09月16日

■ 「誰か付き合ってくれる人いないかな…。」と言う台詞 ■

まぁ、独り者の友達からボソッと言われる事の多い台詞だが、
この台詞を言われたときに真に受けてテキトーな友達とか紹介するのはやめといた方がいい。


  …おいらの経験上、十中八九そいつには誰か気になってる相手がいるぞ〜。


#その人が「だれか紹介してくれ〜」と言わないところがポイントね。
posted by ウィル at 22:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 色恋について語ってみる

bullet020.gif2005年09月14日

■ Final Fantasy Z Advent Children ■

DVDが無かったんでUMDで買ってしまった…。

しかしすげーな。クラウドの剣のギミックどーなってんだろあれ。
なんかすんごいほしいんですけど。いや、街中とかでぶん回したりはしないから。

あと、ティファちゃんの美脚アクションとタークスコンビのいい味がよし。

後のメンバーの見せ場ももうちっとほしかったが・・・。
#特にケットシー

DVD版もかおっかな・・・。
posted by ウィル at 23:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

bullet020.gif2005年09月11日

■ アンセスター ■

1週目トウマルートクリア。で、2週目にクォヴレールートを進んでて気付いたんだが・・・。


第3次αの4主人公の話って全部第2次αのどれかにつながってるのね。

トウマルートだと皆当然のようにゼンガーが味方だと思ってるのに、クォヴレールートでゼンガーが出てきたときには「あ、あれは(ry」と冬眠してない事に驚いてる皆さんにおいらが驚いた。

トウマ編以外はひょっとするとゼンガーの扱いは皆こうなのかにゃ?
posted by ウィル at 22:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | スパロボ話

■ やさと温泉ゆりの里 ■

今日は会社の同僚と「やさと温泉ゆりの里」へ。

まぁ、温泉に関しては(温泉みしゅらんに書いてあるとおり)ふつーの温泉でしたが…。


梨のアイスクリームがおいら好みでした。
まぁ、温泉目当てって言うより保養施設として休憩所やら飯食うところとか一緒に考えるといいところでし〜。

地元の人っぽいおじさんおばさんも話しやすい人が多かったし、和みに行くにはいいとこだべ〜

・・・って感じでした。ふむ。
posted by ウィル at 21:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 散歩

bullet020.gif2005年09月10日

■ とりとめも無いんだが。 ■

理性的であるということは相手の感情を無視するということでも、自分の感情を無視する事でもない。
全体の利益を考えると言う事は、目の前にいる個人の利益を無視すると言う事でも自分の利益を無視する事でもない。

人間であるが故の能力の無さのためやむなく無視してしまうのは仕方が無いが、それを無視する事が理性的であるとか全体の利益に供すると平然と言ってのけるのは、やはりどこかで自分のできる努力を放棄してしまってるのではないかな。

 …なんとなく、モヒカン族とムラ社会の話を読むとそー言ったことを考えてしまうな。

 社会が社会であるためには全体の利益を数字や論理で考える前に社会の歯車である「人間」が円滑にかみ合う必要がある。そこのところが無ければ、全体共益や理性などについて語っても何の意味もない。まさに机上の空論である。

 ある意味、真の理性と言うのは全体の利益を考えつつも目の前の人間に円滑にアプローチする手筋を見出そうとする努力であり、その意味では感情的なものに対する受容というのも理性的であることの重要な要素なのではなかろうか。

 ・・・と、まっこりで酔った頭で考えてみたり〜。うぃ。
posted by ウィル at 00:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

bullet020.gif2005年09月09日

■ プロジェクト全体のモチベーションを上げる方法 ■

がないかと上司に聞かれて困った。

まぁ・・・、あんたには無いな。とそー思った。

まぁ、上の人間がそー言った形の人望があれば、また話は別なんだが。
あとは金が使えない以上は酒とか女とかか。


つーか、こういう場合は正論で攻めていくしかないと言うのが本音でして、
今回、その正論ってのはこつこつと下の人間に成功体験を積ませるしかないんだわな。

あれやったらこれやらされて、これやらされたらあれ戻ってきて、
上の人間に聞いたら仕方ないだろ仕事なんだから、の繰り返しじゃどーにもならんのよ。

まぁ、こういうときに体育会系のノリの部署はつよいや〜ね〜。はぁ。
posted by ウィル at 01:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | モチベーションについて

bullet020.gif2005年09月07日

■ 人を呪わば穴二つ ■

今日、職場で「人を呪わば穴二つ」つー話が出てきて、後輩に「そ〜言えば穴って何ですかね?」って聞かれて答えられんかったんでちょっと調べてみた。


・・・。




そーか、穴ってのは墓穴の事だったのか。
相手と自分で二つなのね・・・。
posted by ウィル at 21:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

bullet020.gif2005年09月06日

■ 社会や組織の問題をモラルで語る癖をつけるな。 ■

一旦、モラルで語る癖をつけると「〜するべき」と無条件に誰かに何かすることを押し付けがちになる。

確かにモラルと言うものが大事になるときもある。

でも、大体の場合、組織や社会の問題と言うのは以下の二つの要因で生まれるものである。

 @彼我の利害の対立。
 A欲求と技術の対立。(大体の場合、技術が欲求におっついていかない事によって生ずる)

そして、これらの問題に関してモラルと言うものを前面に出して話すのは非常に危険である。どちらの場合も根本的な解決にならないし、だれかに(モラルの名の下に)無償で何かをさせる、あるいは、誰かを悪玉にすえる事で、新たな問題を生じさせかねない。
posted by ウィル at 22:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | メモ

bullet020.gif2005年09月05日

■ そして三重送信…。 ■

gooが悪いのかseesaaが悪いのかはたまたその組み合わせが悪いのかおいらの日ごろの行いが悪いのか・・・。(鬱
posted by ウィル at 00:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

■ トラックバックがうまく送れない。 ■

な〜ぜ〜だ〜。
posted by ウィル at 00:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

bullet020.gif2005年09月04日

■ 相手が感情的になると言うが…。 ■

感情的になる種をまいてるのは他ならぬ自分じゃないかと考えないのかな。

松岡さんのここら辺の記事を読んでの話なんですが。

松岡さんはコミュニケーションのパターンを以下のように分類し、また、それぞれに対して結論付けを行っている

【パターン1】

ムラ子「○○という映画はおもしろかった」
モヒ男「オレはおもしろくないと思う。なぜならば〜」⇒論拠Aを提示する
ムラ子 ⇒この時点で自我を傷つけられたと感じ、「感情的」な反応をする。

結論●ケンカにしかならない

【パターン2】

ムラ子「○○という映画はおもしろかった」
モヒ男「オレはおもしろくないと思う。なぜならば〜」⇒論拠Aを提示する
ムラ子「じゃあ、なぜ自分はおもしろいと思ったのか?」について、冷静に論拠Bを提示する

結論●論拠Aと論拠Bをもとに、生産的な議論が発生する


また、一番言いたかった事として、以下のように書いている。

 たとえば議論していて、自分が想像もしなかった斬新な視点や物の見方を提示され、おどろくことはしょっちゅうある。それってすごくエキサイティングな体験だ。人と議論したことで人生が変わっちゃう人だってたくさんいるだろう。

 これって本を読んで「なるほどそんな考え方もあるのか」とか、「世の中にはこんなことがあったんだ」と自分が広がっていくのと同じだ。私にとって議論で相手の意見を聞くのは、「自分の知らないことが書いてある本を読む」のとイコールなのだ。


・・・ん。ちょっとまてよ。例のもひお君てば、むら子ちゃんに何か聞いてたっけか?


■なぜ相手が感情的になるのか。
 
 そこについては、Kenさんの言う価値否定云々と言うのは微妙に違う気がする。
 そして松岡さんはそこについては何も語っていない。
 
 松岡さんの言うところのパターン1のムラ子さんのような反応をする人はなぜ感情的になるか。
 まぁ、シチュエーションによっていろいろな場合がありうるのだが、実は結構根のところでは共通してたりする。実はこういうタイプの人は「自分が言ってる事をもっと聞いてほしい」場合が多いのだ。
 
 松岡さんはパターン1とパターン2を感情的な議論になるか、生産的な議論になるかで分類しているが、おいらに言わせればパターン1とパターン2の違いは「●●が面白い」と言った場合に「●●」について語りたいのか、「〜が面白い」事について語りたいのかというところである。
 
 当然、パターン1は後者について語りたい人だ。だから、当然「●●は面白くない」なんてことをいきなり切り返せば不快になるのはあたりまえっちゃ当たり前だ。パターン1のムラ子さんにとって、そっちの方向に話を向かわせるモヒ男君は実質的には何もムラ子さんの話しを聞いていなかったのに等しい。
 
 そしてこのタイプのムラ子さんと議論したいのであれば「自分の意見を言う」事は避けて、自分が引っかかるところを反芻しながら「相手がなぜそう思うか」について質問しながら語らせた方が相手の意見を引き出せるし、こちらが質問する事によって、相手に自分がどこら辺に興味があるのかをわからせる事ができる。そうすると、こっちの話を聞く俎上を作る事もできる。
 
 また、勘違いの元になるのでもうひとつ書いておく。このパターン1とパターン2は人間に依存しない。状況、もっと具体的に言えば「個人+お題目+議論する環境」に依存する。つまり、誰かがモヒ男君に議論を吹っかけられたからといって同じパターンの反応をいつも返すとは限らない。ある議論では冷静だった人間がある議論では感情的になる場合だって十分にある。
 
 
 問題なのは、もひ男君はここら辺の議論の詰め手のお話についてまるで無頓着である事だ。
 反対意見を言う事は必ずしも相手を傷付けようとしているわけじゃない。それはおそらく正しいだろう。しかし、反対意見を言ったときに相手がネガティブに取るかどうかは状況によって決まるのであって、モヒ男君の意思に依存するものではない。(極端な話、モヒ男君にネガティブな意図があったところで、ムラ子さんがそう受け取らない場合さえある。)
 つまり、相手にネガティブな印象をもたれたくないのであれば、そこらへんの状況を作り出す努力が必要なのだ。この例の場合、状況を作り出す努力とは、最初っから率直に反論せず、相手の意見を自分の手で掘り下げる事だ。
 
 もひお君はいう。ムラ子さんは感情的であると。
 しかし、この言い方は「ムラ子さんが感情的になった事に自分は何にも関係がない、ややもすると自分はこの感情になったおばかさんの被害者だ〜」とさえ言いかねない語感がある。
 
 しかし、おいらは言いたい。あまったれんなよと。
 それはおまいさんにも何かしらの努力が足りなかったんじゃねーのかと。

■主張したいのか議論したいのか。

 まぁ、前から議論と交渉カテゴリに何回も書いてることの繰り返しになるんだが、「議論をする」と言うとどうも「主張 VS 主張」にしないと気がすまない人が多々いるみたいなんだが、これは相手の意見を引き出したり説得したりする際には必ずしも適切な議論の進め方ではない。反論の仕方をもっと精査せよと。

 それでも、主張から相手と話を始めなければならない場合--結局、何かに「記事に書く」と言うのは往々にしてそうならざる負えないのだが--その場合に相手が拒否反応を示したら、「あいつとは議論にならない」なんて書かずになだめるなり、その人とのそれ以上の議論はやめるなりで静粛に議論を収束するぐらいの配慮が必要なのではないのでしょうか。
posted by ウィル at 23:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 議論と交渉

■ 今日の一句 ■

ゼンガーは

 ロリコンじゃなくて

  パパさんなのね。

   By イルイ(うそ)


 ・・・まぁ、普通に考えればそーなんだけどさぁ・・・。orz
posted by ウィル at 21:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | スパロボ話

■ 日次報告 ■

 組織の動きを円滑するのにはどーしても、適度なコミュニケーションが欠かせない。
 コミュニケーションが薄すぎれば、組織内の人間同士の情報に予期しないギャップが生まれるし、逆にコミュニケーションが濃すぎれば、不必要な情報のやり取りや整理で実際には実行に割かなければならない時間を割く事になってしまう。

 で、日次報告の話になるのだが。
 
 どうも、おいらが見る限り、日次でなにか報告すると言う事は、結構敬遠されている事が多いと思う。
 部下の立場からすると上司に毎日何か報告しなければならないのは億劫だし、上司の側からしても、部下から日次報告を受けると言うのはその都度何らかのアドバイスなり対処なりを考えなければならないので結構面倒なんだろう。

 でも、そんな中でいても、自分の所属するPJがうまくいっていないと思うんであれば、自分がどんな立場でも、日次で下に報告させる、あるいは上に報告する(あるいは両方やる)事をお勧めする。

 日次報告のイメージがつかめないのであれば、以下の点に注意してやると良い。
 @報告は定時ごろに行う。(フレックスであれば、最初に帰る人間(もしくは自分)の帰宅時間直前に行う。)
 A報告時間はメンバー1人1分程度とする。(長くなるときは長くなっても仕方ないんだが、あんまり長くだらだらやらない。)
 B別にチーム会議形式をとる必要はない。上司なら、最初は自分から席に行って「どんなかんじよ?」とやるのもいい。
 C特に何も無ければ「特に何もないです」と言うのも立派な報告です。
 Dネガティブな報告を受けても決して怒らない事。
 E何か成果物や資料が出てくるような仕事の場合は必ず上司が見れるところにそれを置く。乃至は置かせる。

 以上の要領を守って日次報告をやる事で、得られるメリットは以下のとおり。
 @部下の状況を逐次把握する事で、小さなミス(または、スランプなどのネガティブな要素を全て含む)の蓄積が大きな事件に発展する事を未然に防ぐ事ができる。
 A上司や部下と細かくコミュニケーションをとることである程度相手の癖や性格をつかめる。
 Bいざと言うときに言葉の行き違いが生まれにくくなる。

 …といった感じか。何れにせよ、なんかうまくいかないと思ったら、日次報告する(させる)のがいい。即効性のある薬ではないが、じわりじわりと効いて来るはず。

posted by ウィル at 18:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | メモ

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